ウルトラマーケット閉館について

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「ウルトラマーケット閉館について」記者会見


司会:
倉庫借りをされている団体の方々から直接コメントを頂戴します。維新派の松本雄吉さんお願いします。

松本:
だいたいの事は聞いておったんですけども、ちょっと今経過を聞きまして、内藤君の話を聞いて、凄くこれは悪質だなっていう感じで、悪質って言っていいのか、これは酷い話だなという感じです。
以前も、団交みたいな場がありまして、僕も同席しまして、向こうの担当の方が「大阪城ホールだよ」っていう言い方をされまして、僕は、ウルトラマーケットはゴミかっていうような感じの発言に近い。向こうの方は、大阪城ホールっていう事と、その小劇場空間との何かこう、天秤のかけ方みたいなものが、凄くこう、あからさまというか、分り易い言い方をされたんですけども、今までウルトラマーケットっていうものが、どういう特徴を持った劇場だったのかという事を、少し客観的にこう考えてみたらどうなのかなという、ゴミ扱いじゃなくてね。
で、維新派は、凄く利用させて頂いていまして、分り易く言えば維新派に必要なもの、レジデンスなところだと思っています。あんまりそういった劇場は無いと思うんですけども、その場で道具をタタいて、その場に自分達のオリジナルな仮想空間を立ち上げる、ですか。ええ、僕らの場合は特にその、舞台美術とですね、装置と俳優とスタッフとが、もの凄く共同作業をしないと出来上がって、立ち上がって行かない舞台作りをしていますので、特にそういった事を出来る劇場っていうのはほとんど皆無なんですよね。
横でスタッフがタタいていまして、横で俳優がダンスの稽古をしています、そういうので、スタッフはダンスの稽古、或いは台詞の稽古を見ながら、或いは俳優は稽古しながら横の大道具を見ながらやっているという、まあ1つの理想的なモノ創りの形と言いますか、それをさせて頂いてる。
それをやっているのは、僕らも色々と海外回っていますけども、唯一ドイツのハンブルグにそういった形があるかな。それは、かなり政府も力を入れて、そういった作り方をしなさいっていう風に奨励しているような劇場でして、まあそれにウルトラマーケットが近いかなっていう、使う側の立場として。
もう1つ、これはあるシンポジウムに僕が出席した時の事なんですけど、㈶21世紀協会の主催でですね、ビジネスパークを中心にした劇場街構想(大阪ビジネスパーク構想)があると聞きました。ビジネスパークには、たくさん劇場がありまして、その中に野音なんかも入っていましてね、プラネットステーションも。それと僕らは昔よく使ったんですけども、國民會館っていうのがありました。そこは、現代詩手帖とかありましてそういうものの激しい詩の発表会等があります。そんな中に大阪城ホールもありまして、ウルトラマーケットがある、ちゃんと、ウルトラマーケットも、劇場街地図に名前がありました。だから、㈶21世紀協会の、ビジネスパークを中心とした劇場都市、劇場街認識の中には色んな劇場がありますよと、メジャーからマイナーまで。まあ、小劇場はマイナーでしょうね。そういったところがあって、客層も色々だから、客も、上に行く人もあれば下に行く人もある、上に行く人の顔を下から見ている、逆に下から上に行く人も見ている、そういった構図が非常に面白い町並みなんだなっていう事は、そういう風に㈶21世紀協会の都市構想みたいな、劇場構想みたいなものを、話を聞いて、再認識させられました。
これは、おそらく東京だとウルトラマーケットとは皇居の中にあるような劇場なんですよね、おそらくね、大阪城の、

内藤:江戸城だなあ。

松本:
まあ、そういった事からも、そういった中でも、本当に言うと僕らみたいなアンダーグラウンドが入ってですね、堂々とやれるっていうのは大阪らしくて面白い。僕らの世代はもう1つ凄いのがありまして、あそこが、大阪で言ったら原爆ドームなんですよね、砲兵工廠っていうのがありまして、大阪城以外の敷地は全部砲兵工廠やったんです。凄い爆弾作っていまして、液体爆弾とか、かなりの物を作っとったという、産経新聞記者の方が一冊本を出されています。おそらく大阪の劇作家は皆あれを読んでいると思うんです。で、そういった事は、㈶大阪城ホールはドーンと、隠したい。下にまだ爆弾埋まっとるんですよね。市民の広場とかあって。確かにあの場所は1つの戦争の記録を宿した、そういう場所なんですね。そういった場所にある小劇場っていうのは認識されて然るべきかなあっていう風に思いますね。だから僕らも若い子に、ここに爆弾が落ったんだよって言わないと、あの、幸福感でかなかなか分らないですけどね、一生懸命言うんですけどね。だから、㈶大阪城ホールに何もバカっていう訳じゃないんですけどね、小劇場にははっきり言ってそういった意識がある劇場だと僕は思いますので、そういった場所にですね、小劇場がある事の意味、これもウルトラマーケットの意味かなあと思います。


司会:ありがとうございます。では、未来探偵社、隈本晃利さんお願いします。

隈本:
はい、僕はこのウルトラマーケットの立ち上げから、お声をかけて頂いて、倉庫借りから始まり、実際に公演をさせて頂いたんです。最初、今倉庫として使っているスペースじゃなくて、違う場所に荷物を置き、大阪城ホールから要請があれば、違うところに動かして、で、また電話かかってきて、また動かさなあかんということがありました。でも、そういう作業も、これから先、ここが演劇で活用される空間としてなるんならいいなと思って、本当に言うことは何でも聞いてきたんですよ。で名札を付けろといわれれば、名札もつけ、必ず扉を開閉しているときには、近くに誰か、侵入者が入らないように人をつけろと言われれば、人をつけて。それがこれからここをちゃんともっと活用していくための努力だと思って、それを惜しまずにやってきました。
で、先ほど内藤さんのおっしゃってた、10月5日の一方的な通達の会議にも同席させて頂いたのですが、こちらからの質問に対しては、「いや、それは内部でのお話なので」と答えてくれませんでした。僕たちは、一緒にものづくりをしている、仲間というと失礼ですけれども、そういう意識を持って、生きてきたつもりだったんですが、あの態度はひどかったと思います。
もともと、ここが公園であったということに関してもそうですし、ここがなぜ演劇で活用するようになったかという経緯を知る人物もいなければ、書面もないとかということをおっしゃる、それは、組織があまりにもずさんなんじゃないか。正味の話、嘘やと思うんですけども。でも、それを僕たちの前でいうということは、結局、組織としての引継ぎもできないような、そんな組織なんだってことを、自分たちで言っているんだなぁという風には感じました。


司会:未来探偵社のわかいのぶこさん。

わかい:
はい。私も、10月5日のときの「話し合い」と聞いていた場所に、出席しました。「今日はこれをお渡しするだけですから」と最初の5分で言われて、「3月に出ないといけないっていうお話は聞きましたけれども、そのご説明と、それぞれの事情もあるので、お話し合いと聞いて来たんですが」ということを言ったんですけれども、一方的に、全く受け付けない状況だったので、「いや、ちょっと待って下さい。じゃ、遡ったお話から」っていうことを、2時間ぐらいかけて、お話したんですけれども、その都度「契約ですから」「私たちは知りませんから」っていうことを、何かあって窮するとおっしゃるんです。これでは、全然話が前に進まない。その日も、終わりもすごく一方的に終わられたことあって。立ち上げのときから、最初に「リスクあるかもしれませんけれども、一緒にやっていきましょう」と言ったところから、なぜこんなにかけ離れてしまったのかということを痛感したんです。方向性として変わられるんであれば、変わったときに、ちょっと今お話が変わってきてるんですということを、その都度ご相談頂ければよかったんですけれども、最後の最後に急に、私たちは悪者扱いされてしまったっていうことが、どうにも理解できなくて、本当に腹の立つ思いと、何とかもう一度お話の場を設けて頂けないかなと考えて、今日ここに来させて頂きました。

奈良:劇団アグリーダックリングの池田さん。

池田:
うちの劇団もですね、立ち上げのときから、こういう空間があるっていうことをお聞きして、すぐにぜひやらせて下さいと参加しました。一番初めの会議の時、やはり、「一緒に頑張っていきましょう」という言葉を、私はこの耳ではっきり聞きましたし、「小劇場って、どういうところなんですか、僕たちも知りたいです。」なんておっしゃりながら、「じゃ、こういうことなんです」と、本当に、「やっていきましょうね」っていう大阪城ホールの方たちも目をキラキラさせて、やりたいということでおっしゃって頂きました。私たちももうそろそろ20代後半の時期でしたので、自分たちの劇団のことだけではなく、これからの大阪のことを、集団でちゃんと一緒にやっていけないかってことを考えていたときでしたので、みんなで大変なことでもやっていくっていうこと、一歩踏み出そうという、そういう時でした。
で、そのときに、私たちの希望を、南河内万歳一座さんにお伝えしたときも、南河内万歳一座さんは常に「ちょっと待ってください」「ちゃんと大阪城ホールと話をしますから」と、申請のことひとつにしても、「全て許可を取ります」と、こちら側のことを絶対に、こちらで話したことを全て大阪城ホールさんともう一度協議をするという体制をとっていました。逆に大阪城ホールが「大丈夫ですよ」って、言いはったことに対しても、「本当に大丈夫なんですか?」「ご迷惑おかけしませんか」「申請もちゃんとしなきゃダメなんじゃないですか」と、全てみんなで話し合いながら決めていきました。
そんな風に、ずっとやってきたんですが、先日の会議のときに「そういう事実はない」と、おっさはられました。本当に、私たちは、先ほど、隈本さんもおっしゃられましたけど、好き勝手やってきたんじゃなくて、逆に「こうしてても大丈夫ですか」「このまま続けられますか」っていうことで、常に、お話し合いを持とうとして、こちらから話をしたんですけれども、向こうのほうは、逆に話す気がないというか、話をこう切るという形で、終わっていきました。、これから、演劇の可能性を求めて、集団でやっていこうと、みんなで力を合わせてやっていって、自分たちの手で、大阪の演劇をどうにかしていこうって頑張ってきた中で、あんなやり方っていうのは、ちょっとひどすぎるんじゃないかなと、同じ思いです。

司会:劇団アグリーダックリング、樋口さん。

樋口:
はい、私は、もうみなさんも薄々分かっていると思うんですけども、これはきっと大阪市の常套手段なんだなと思うんです。一緒にやろうと誘っておいて、文化を育てようと言っておいて、でもうまくいかないとか、内部でよく話が通じない、上司に、首を縦に振ってもらえないとか、いろんな問題があって、最終的にそれをなくす時に、あきらかに「市」VS私たち「表現者」になると、どうみても私たちはならず者に見えるわけです、世間から見れば。そういうならず者に、最終的に責任を押し付けることができてしまえる、市なんですよ、きっと、大阪っていうのは。そういうのが、もう本当は、もう通常にあって、これは大阪のウルトラマーケットひとつの問題ではなく、大阪市の文化の問題だと思います。