表現者コメント-5
舞台芸術の大事な拠点がなくなる。ここで何がなされてきたか?ホールがなくなっていく大阪で、十以上の劇団が立ち上がった疾風怒濤の「日本三文オペラ」だ!あんな舞台、ほかでやれたか?芝居をうつことが次の舞台芸術の力になるのだと、強い意志を示してくれた鳥肌立つ舞台だった。そんな意志が確実に存在する場所だった。だからこそここで僕は夢を見てきた。意志を指し示す劇場ではなかったのか?そう言って始めたんじゃなかったのか?行政は面倒になったらシラを切って簡単に捨てるのがお得意だ。あんた方は夢を見たか?何を残し、何を作っていくべきか考えたことがあるのか?夢を見る力がない!夢を見る力のある行政が本当に必要なのに、バカヤロウ!
宮沢十馬(劇団異国幻燈舎)
ウルトラマーケット閉館によせて
ともかく、ありがとうございました。これに尽きる――。
ウルトラマーケットは、関西演劇界のもっとも新しい歴史なのだと思う。そして、残念ながら今回のことは、これが現実なのだろうと思う。けれどボクたちは、そんな歴史的空間で芝居をした。作業をした、稽古もした。倉庫スペースをお借りしながら、「演劇」を考える機会を沢山もらった。あのガランとした空間が劇場として眼を覚ます瞬間は果てしなく演劇的で、感動的だった。
――師曰く、「市民権。比喩的に、かつて特殊だったものが、世間で広く認められて一般化すること。かつて演劇がそんな市民権を得た、と思うか? ――疑ってかかる。」
阪上洋光(劇団いちびり一家 代表)
柿落とし「日本三文オペラ」幕開き60人ほどの役者がいっぺんに現れる壮観は、おれ自身舞台にいながらも総毛立つような、またこよなく胸騒ぐかのような、さらには役者と観客とが、一瞬をも逃すまいと挑発し合うかのような現場が今まさにここで始まるのだと確信される。猥雑で強烈な昂揚のうちにありました。内藤さんや万歳の皆さんによるウルトラマーケットという激しい企みの意味を、あのときあふれるほどに体感した憶えもあります。関西の演劇人がジリジリイライラしてたあの頃、これでもかという過剰さの渦中に役者も観客もみんないられた場所でした。憶えときます。
蟷螂襲(PM/飛ぶ教室 座長)
維新派は、ウルトラマーケットを劇場として、舞台セットの製作・保管場所として、稽古場として使用してきました。2007年の夏に初演した「nostalgia」は、ここウルトラマーケットにて海外の各ディレクターにも観てもらったことで、その後の海外公演の実現へとつながっていきました。
この度の年度内での退去は、ウルトラマーケットを演劇活動の拠点としてきた私たちにとって、とても大きな痛手です。交通の便や、経済的な点からも、ここに勝る場所を見つけることは、なかなか難しく、現在のところ、とても頭を悩ませています。せめて、ウルトラマーケットの今後が、私たちの出会い以上に、有効に利用されることを願うばかりです。
維新派
共通の認識を持てぬまま、去る事がとても残念です。
このままでは、お互いを“タチの悪い店子”“嘘つき大家”と、思い続けなければならないでしょう。
・・・ガランと広い倉庫に、舞台、客席を製作していただいた「人達」、そこで公演を行った「人達」、大道具、美術を創り上げていった「人達」、空調設備が無い故、暑い時は団扇で扇ぎ、寒い時には毛布にくるまり観劇していただいた「人達」・・・そして、認めては貰えないが、ウルトラマーケットを演劇空間として活用しようと立ち上げから尽力して下さっていた筈の、㈶大阪城ホールの「人達」・・・沢山の「人間」の力によって命を吹き込まれた空間。その可能性をちゃんと育てる事が出来ず・・・口惜しくて仕方ありません。
隈本晃俊(未来探偵社 代表)
先ずは今までウルトラマーケットという奇跡のような倉庫内劇場を存在させる為に力を尽くしてきた南河内万歳一座を始めとする関係者の皆様に本当に感謝しています。
大阪から次々と劇場が消えていく中、ウルトラマーケットの存在は我々在阪の演劇人には最後の希望のような存在でした。
普段、別々に活動している演劇人たちがウルトラマーケットに集い、技術や情報を交換し関西の演劇を考える場としての最後の砦だったような気がします。
誰かにとって命より大切なものが他の誰かにとっては全く無価値なものであることは知っていますが、人は芸術文化を知るからこそ人間たり得るのだと思います。 今までありがとうございました。
鈴木田 竜二(寿団事務所 舞台監督)
ウルトラマーケットのプレ公演「二十世紀の退屈男」からほとんどの会場設営、公演、会場撤去に関わっていました。設営のために来ていただいた大道具の方々と参加する団体の人達とで、舞台や客席を作ってはばらしを半年に1回やっていました。初めのころは消防検査やら酸素が足らないなどの問題が多く発覚し、その対処に悩まされていました。1つ1つの問題をクリヤしても劇場外で別の催しがあるからそれに対処するためにまた悩む。そんなことを繰り返すのが苦痛な感もありましたが、なんとかなったらほっとしたものでした。ホールの方にもいろいろ助言してもらい今までやってきたのにウルトラマーケットをなくしてしまうのは残念です。
永易健介(舞台監督)