ウルトラマーケット閉館について

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記者会見
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公開質問状

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表現者コメント-3

演劇人が勝手に占拠していただけじゃないか、ということなのでしょうか。倉庫としての利用を認めただけなのにつけあがりやがって、と言いたいのでしょうか。先の約束なんてしてねえんだから知ったこっちゃねえ、と思っているのでしょうか。社会のはみ出し者が出てってくれてせいせいする、とほくそ笑んでいるのでしょうか。人とお金を呼び込む大阪城ホールは“大阪の誇り”、人だけが頼りの小劇場は“大阪の埃”、とそういうことでしょうか。出来上がったものだけに諸手をあげて喜び、育むことをしなかったツケはいつかきっと回ってきます。資本主義の消費社会の中にあって行政の果たす役割が何であるのか、ウルトラマーケットはそれを考える試金石であったはずです。
それを安易に手離すおつもりですか?

棚瀬美幸(南船北馬)

 

ウルトラマーケットの閉鎖はあまりに大きな痛手である。南河内万歳一座と内藤さんが、自らの手で築き上げた石垣の中の砦は、関西の劇場地盤沈下を、縁の下からチカラコブで支えようとの気概に溢れてスタートしたのだ。今さらここを撤退し、何をせよと、撤退を命じたものは言うつもりか。世に受難の物語りは数々あって、為政者は必ず追放を命ずる。荒野を行きながら、石をパンに変える力持たない我々は、どこまで空腹を抱え歩き続けねばならぬのか。今や大阪の大地は、心満たされぬ者で溢れた。溢れた者たちは、声を掛け、呼び合う距離にいるのだ。
ウルトラマーケットは現在進行形の物語だ。私たちは傍観者であることを許されない。

岩崎正裕(劇団●太陽族 主宰)

 

『夢を見る場所』
 演劇は、何はなくとも、演る人と観る人がいなければなりません。なぜかというと、演劇は人生に酷似した表現方法だからです。演る側と観る側、つまり自分と他人との間の人間関係といえるからです。そしてそれは、演る側の体を使った創造力と、観る側の想像力とで、一瞬の‘夢’を生みます。その‘夢’をみる手助けをするのが明かりであり音であり背景であり、その‘夢’を見る場所が、劇場というわけです。‘夢’の中で人は自分のあり方を見つめ直し、明日はこうなりたいと願うのです。師に、「人生とは人間再生の略だよ」と教わりました。失われかけている人間力を取り戻すために、もう一度、人は生き直す必要があるのではないかという気がします。

原竹志(兵庫県立ピッコロ劇団 俳優)

 


今年度でウルトラマーケットが閉館されると聞き、残念でなりません。私とウルトラマーケットの関わりは大道具の製作や演劇の稽古をさせていただいた事、そして多くの舞台を観せていただいた事です。観劇の時は夏はうちわを、冬は膝かけやカイロを貸してもらいます。こう書くと不便な様ですが、広い空間でそうやって季節の空気を感じながら開幕を待つ事はまた特別なわくわく感があり、お祭り気分が高まるものでした。演劇はお祭りだと私の先生はおっしゃっていました。ウルトラマーケットはお祭りをしたい人が独自のお祭りが出来て、そのお祭りに参加したい人が一度に沢山集まれる関西で数少ないとても貴重な、素敵な、懐の深い空間であったと思います。
沢山のわくわくした楽しい時間を与えてくださったウルトラマーケットに感謝申し上げます。ありがとうございました。

杏華(兵庫県立ピッコロ劇団)

 

好きだった場所が無くなるのは、悲しい。
 子どもの頃、よくザリガニ釣りに出掛けた池が、コンクリートで埋められていた。原っぱの遊び場も、崖下の秘密基地も、全部取り上げられた。公園や整備されたグラウンドで遊ぶのは、おもしろくなかった。遊びは、きっと冒険だったからだ。
 当時はそれが誰のせいだとか、特に思わなかった気がする。だけど大人になってもこういうことがあるものかと、おどろいた。
ウルトラマーケットという遊び場を見つけてくれたのは先輩方で、ぼくはそこに少しまぜてもらっただけだけど、あのガランとした空間に人が集い、物が集まり、劇場へ変わっていく、こんなにおもしろくて刺激的な遊びはもうなかなか見つからないでしょう。
 ウルトラマーケットと関係者の方々に、深く深く感謝致します。

高橋圭司(大阪市立咲くやこの花高校 演劇科講師)

閉館になるのは非常に残念です。僕は大道具製作、倉庫として借りていて未来探偵社の舞台でもお世話になりました。大阪の小さな劇団が大道具作る場所は本当になく、どんどん舞台美術を作る劇団が少なくなってきていると感じます。20代前半のころOMSの屋上でよくタタキさせて頂きました。沢山の劇団の人達が出入りし、フォーラムでは沢山の舞台美術を飾り、凄く育てて貰いました。この数年ウルマに入り、新しい人達とも沢山作業し、ウルマでしか出来ない物作りができました。また大阪からこういう場所が無くなるのは非常に残念です。

柴田隆弘(美術家)