表現者コメント-1
ウルトラマーケットにて演劇活用している表現者のコメントを集めました。
(順不同)
ウルトラマーケットが使えなくなると聞き、遠く離れた九州の地からもその事態を憂えている。ウルマで芝居やったことない、あんたんトコは関係ないでしょと言われそうだけど、関係はあるのだ。我々飛ぶ劇場の舞台美術は関西の美術家さんに頼んでいて、その美術セットはウルマ倉庫で作られているのだ!だから、はっきり言って困っている。九州の地に居ても困るんだから、関西の演劇界にとっては大打撃なんじゃないだろうか。ちょっとしたスペースの存在が、その地域の文化に、日本の文化に大きな影響を与える可能性だってあるのだ。その事に行政が目を向ける日が来ることを、遠い地より祈念している。
泊篤志(飛ぶ劇場 代表)
我々、大川興業もウルトラマーケットには、何度かお世話になり、楽しいライブをやらせてもらった。大阪城を臨む抜群のロケーションと南河内万歳一座の演劇を愛する温かい気持ちに支えられた、とても良い会場だった。それがいきなり、契約打ち切りとのこと。いったいどういうことなのだ。
かつて、大阪城を築城した豊臣秀吉は、日本の舞台芸術である能を深く愛し、大和四座を手厚く保護し、役者たちに給与を与えていたのだ。その保護政策が次代にも受け継がれてきたおかげで、今日まで、能が続いてきたのだ。そんな歴史的背景があるにも関わらず、またひとつ、演劇の活動の場が奪われることに憤りを感じる。
今後は、「大阪市危機管理部の備蓄倉庫に使用する」ということらしいが、もっと頭を柔らかくして、危機管理と演劇の両立を考えてみたらどうなのか。備蓄倉庫には、必ず、管理する人が必要になってくるのだ。備蓄品の賞味期限のチェックなど、やることはいっぱいあるのだ。それを万歳の皆がやる。「備蓄倉庫でありながら、劇場でもある」なんていう場所があったら、画期的ではないか。そして、万が一の災害時には、演劇関係者もボランティアとして頑張る。大地震等の災害時には、集団での連携がいかに有効かを考えるべきだ。演劇の舞台の仕込み、バラシの速さをなぜ、危機管理に応用しないのか。そのくらいの思い切った発想をしないと、大阪は、変わっていかないと思う。
もっと発想の転換をして、前向きに考えなおしてもらいたい。
大川豊(大川興業 総裁)
「漂流の続き」
80年代の後半に出来た大阪の小劇場ブーム。あの時突っ走っていた劇団はまだまだ生き残っている。東京へ行ったところもあれば、大阪に残ったところも。形を変えて芝居を続ける者たくさんいる。
だが、その後はひたすら衰退の一途をたどる傾向にある。劇場がないからだ。と、甘えたくないが、劇場が定着しないと、お客だって定着しない。そんな辛酸をなめて、漂流を始めた小劇場の一端がウルトラマーケットにたどり着いたのは、そんなに過去のことではない。なのに、またその宿り木がなくなるという。再び漂流が始まるのか。また流れて、分散する。大阪の底辺の文化が流れ流れて無くなっていくのを、放っておいていいのだろうか。
府政も、生活や教育にしかお金の出せない時代なのかもしれないが、文化を根絶やしにしてしまうほどキツイ場所で育つ若者のことも少しだけ考えてほしいとは思う。
わかぎゑふ(リリパットアーミーⅡ 主宰)
灰色の空間が、人の力によって「劇場」と化す。万単位で人を収容できる大阪城ホールに併設され、人の息づかいを確かに感じることのできるウルトラマーケットがあった。人は人の中で育ち、想像力は人を豊かにしていく。それが劇場には凝縮されていると思う。大阪で、ホールや劇場の閉館が相次ぐ中で、確かに存在したウルトラマーケット。子どもが劇場入り口に浮かぶクジラにはしゃいでいた。散歩中のおばさんにここはなにかと興味津々に聞かれた。ようやく広がり出した芽がまた摘まれた。子どもたちの未来さえも摘み取られて行っている気がしてならない。
石川郁子(幼児向け表現遊び講師・役者)
くそうーっつ、残念っ! 一度、お手合わせお願いしたい劇場の筆頭だったのに。
キタモトマサヤ(遊劇体 主宰)
きれいな花を咲かそうと思えば、いい畑が必要だ。しかし場所があればすぐに畑になる訳ではないのだ。まず最初にその場所を耕し、いい土を入れ、手間暇をかける。そういう過程を経てやっと畑になる。そこに種を蒔き、育て……そして初めて花が咲く。
演劇も全く同じだ。ただ、場所があればすぐにそこから何かが生まれる訳ではない。多くの人が関わり、その場所を耕し、時間を経て演劇を生み出す下地が創られる。それからやっと場所として機能し始めるのだ。それには信頼関係や労力、つまり人の匂いが染み込む時間が必要なのだ。ウルトラマーケットも……やっと畑になり始めたのに。どうして理解してもらえないんだろう。
土田英生(MONO代表
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