これまでの経緯
2003年
オープンまで1ヶ月に迫った2003年3月。大阪城ホール側が西倉庫の登録確認の際、(財)大阪城ホールの営業区域であるアリーナ部分以外の空間(大阪城ホール内には西倉庫以外に大きな倉庫が複数、事務所等)は公園局の物件であり『公開用地』つまり、公園として登録されていたことに大阪城ホールが気づく。よって大阪城ホールが独自に使用できる物件ではなく、活用化に向けて急ブレーキがかかる。
南河内万歳一座、倉庫貸借団体も、これにより仮置きと許可された荷物を、その都度、人員をだし大阪城ホール内の倉庫を転々とすることになる。 (協議の上、この年度分の倉庫代の請求はされなかった。)
大阪都市協会、ゆとりとみどり振興局、大阪城ホールで協議し、『劇団への助成に限り西倉庫の使用を許可する旨の決定』が出され『公開用地』であった西倉庫を倉庫申請し登録。臨時興業場として、ウルトラマーケットスタートとなる。
大阪城ホールは、公園局の『公開用地』であった当時から、毎年、NTTに対し、電話帳配布基地として、2ヶ月にわたり、貸している。少なくともウルトラマーケットに着手してから2回、それ以前は、毎年恒例となっていた事業で、これは倉庫申請される以前から、続いており、その事実を公園局がご存知であったかは不明。加えて、大阪市の倉庫物件の一日当たりの最低賃貸料は1㎡当たり19円。ウルトラマーケットは2000㎡あるので2ヶ月で少なくとも200万以上の利潤を計上したことになる。大阪城ホール独自の使用は不可であって倉庫では無い空間をNTTに賃貸し、その利潤の計上、税務等、どのように処理されたか一切不明。公園局の認識も不明である。