これまでの経緯
2002年秋
相次ぐ劇場閉館の連鎖により急転直下の危機に瀕した大阪の演劇状況と環境を早期に回復すべく、行政の遊休物件の有効利用が企画され、大阪城ホール内西倉庫の活用を演劇プロデューサー・松原利巳氏(現・芸術創造館副館長)と大阪城ホール職員が広く大阪内・外の演劇人に呼びかけた。
40団体以上の演劇関係者が西倉庫を(南河内万歳一座は9/29)見学。結果、南河内万歳一座・座長・内藤裕敬等が中心になり、大阪城ホール内西倉庫・通称・ウルトラマーケットの演劇活用が大阪城ホールの協力の元、実現へ向けスタートした。
この際、南河内万歳一座単独での運営は、公共ホールとして適切でないと、大阪城ホールより依頼され、「天下の台所改善実行委員会」を結成。劇団・表現者以外にも、大学教授、マスコミ関係が名をつらねた。
大阪城ホール側も、アリーナでは興業できない小規模なライブ・コンサートをそこで催す方針で、2003年オープンへ向け具体化が急がれた。南河内万歳一座は、大阪城ホールに確認の上、文化庁H15年度芸術団体重点支援事業(3年助成)に、助成金申請し、翌年採択となる。
大阪城ホール西倉庫