記者会見・1

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似世物小屋HP

南河内万歳一座HP

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蝋人形館

僕も調べたんだけど、ロンドンのマダムタッソーの蝋人形館、東京タワーの蝋人形館があるんだけど、地方に行くと秘宝館みたいなもんがありますね。必ず蝋人形のコーナーとかあるんですわ。マダムタッソーとか東京タワーとか見ても、マリリンモンローとかエルビスとか見ても「似てねー」っていうのが多いよね。秘宝館は「18才以上は入っていけない」ってコーナーが片隅にあって、のれんかなんかで閉じてあって閉じていない。子供の時は「いやらしいもんがある」ってわかってんだけど、入れなくて、のれんがゆらゆらしてるのドキドキしながら見てたけど。大人になって入って見ると、まあそこにある蝋人形のいいかげんなこと。このイミテーションのいかがわしさはいかがなもんかと。それが、非常にわくわくするんだね。嗚呼このいかがわしい世界と、内面が打ち震えるんだよね。

で、それが、どこへ行き着くかは知らないですけれど、僕の中で思っているのは、結末をそこへ持って行くかは別にして、結局、ニセ物か本物かを判断することができないので、言葉にするしかなくなってくるんです。佐賀牛か松阪牛かわからないけれど、言葉はどっちかにしなくちゃわかんない。似てないけど、エルビスにしなくちゃいけないとか、才能がないけど演劇人って言わなくちゃいけない。ってのがあって、でも、言葉にしてしまうとそれは嘘になっていく、偽装になっていく。言葉は全て嘘にまみれてしまう傾向があるんじゃないか。しかしながら、例えそれが、本当の松阪牛じゃなくても、松阪牛じゃないものを松阪牛と呼ぶという真実があるのですよ。それを考えると反転して、それは嘘で、でたらめであろうと、言葉だけが真実であってそれ以外のものは実態がないと本物としての、と言えるかもしれない。じゃあ、僕らは言葉を信じて行かなければならない。言葉だけが信じられるのではないか。肉という物体よりも、松阪牛という言葉だけが信じられるのではないかと逆転現象がおきてるんじゃないかなあと思って、それを含めて遊ぶと、きっと、僕らが暮らしている環境の蝋人形館的なおもしろいいかがわしさがあるんじゃないかと思います。

「演劇はバカバカしい方がいい」

僕自身は「演劇はバカバカしい方がいい」と思っているわけで、発想の方向性としてバカバカしい方へバカバカしい方へ持って行こうと発展させて転がしていきますので、僕の場合は、下手なバカバカしさも数打ちゃ何かにぶち当たるとか、嘘からでたマコトにぶちあたるところをお客様が楽しめればなあと。