9月30日(日)

万歳新聞の原稿あげ。これがあと、年内3回続くかと思うと、めいる。いやいや、楽しまなな。

9月29日(土)

荒谷は、高橋組の衣装合わせ。路上生活者役です。しかも、これは2度目。高橋監督は、阪本組でずいぶんお世話になった人です。これをはずみにたくさん撮れればいいのになぁ。ちょっと、むしゃくしゃしたので新しいリュックを購入。17500円もしたのに、荒谷や重定に「7500円くらいにしか見えない」と言われ、よけいむしゃくしゃする。

9月28日(金)

激富の初日。観にきていた某TV局のプロデューサーさんに東通りの「たらふく」で、フグをご馳走になる。前田は、店でフグを食べるのは生まれて初めてらしい。私はよく考えたら、随分前に、違う局のプロデューサーに連れてきてもらった事がある。業界の人は金持ちなんやなあ。

9月27日(木)

激富が仕込み日だったので、早めに顔を出そうとするが、一昨日の疲れと昨日の痛飲の為、少し遅れてから行く。まあ、行ってもしかたないのだが。

9月26日(水)

昨日の疲れの余韻が残り、ものすごーくだるい。なのに、近所の友人と飲みに行ってしまった。昔の級友も来て、またもや痛飲。

9月25日(火)

朝から、MBSラジオの収録して、昼から「青木さん家の奥さん」の記者発表。たくさんの記者さんが来てくれました。誰も来てくれないんじゃあとすんごく心配だった。始まる前に「もしかしたら、3社くらいしか来てないかも」と内藤に言ったら「俺に人気がないってことだよ」と言われてしまう。そして、もう1本取材を受けて、最後に「大胸騒ぎ」のチラシの打ち合わせを學さんと。學サンがきた頃にはさすがにへばった。内藤に「今日は、忙しくて本当に目が回る」と言ったら、「おめえはついてきてるだけじゃんかよー」と言いたげな顔をされた。顔を見るだけで気持ちがわかるなんて、占い師ばりだ。

9月24日(月)

安宅慶太が企画・出演している「らすとら〜だ」を観に行く。頑張ってると思う。お芝居が終わって出演者が一列に並んで挨拶をして、その後、私の大好きな北岡君と安宅とでまた一礼をするのだが、なんか、すごく神妙な顔で「僕たちがやってしまいました」みたいな顔だったので、むくむくと親心がわき、泣きそうになってしまった。安宅、早く帰っておいで。

9月23日(日)

高田聖子さんの芝居を見に行く。楽屋で、喋っていて、昨日の内藤がうるうるしていた話しをしたら出演者の木野花さんに「ほんと、あの人自分に甘いよねー」と言われ大笑い。その後、転球劇場を見て笑う。

9月22日(土)

来年のプロデュースの演劇ワークショップ組の集合日。今日集合した人は覚悟してやろうねという決意の日だったのだ。私は、予想では7人くらいしか来ないんじゃないのと思ってたら、22人も来てました。どうなんのかな?その後は、大阪市の方と飲んで、その後、激富の受付の打ち合わせ。受付を後ろから見守る事になったのだ。これが足りないとかあれはどーすんねやとかを、偉そうにレクチャーしてみる。それにしても、フランキーさんは、脳天気やなぁと思う。あれぐらいやないと、芝居を1本作れないのかな?まぁ、私は、びっくりドンキーに連れて行ってもらったので別にかまへんけど。内藤は、私達が打ち合わせしていると「料理少年Kタロー」のビデオを見て、感動してうるうるしていた。

9月21日(金)

親戚が亡くなったのでお通夜に。昨日クリーニングにだした喪服をすぐ取りに行く。こういう事は続くものなんでしょうか。しかし、不謹慎な話しですが、父と姉と3人で出かけることも久しぶりで、妙に楽しいと言うか、落ち着いた一日だった。

9月20日(木)

作業、作業に追われる毎日。とうとう夢でも誰かに追いかけれれてる夢をみる。誰が味方で誰が敵なのかよくわからない。とても恐かった。

9月19日(水)

内藤は、V6の井ノ原さんの主演の舞台の記者発表。なんやようわからんカタカナの肩書きがついている。相談役らしい。

9月18日(火)

夜は、維新派の有田さんのお通夜に。お坊さんのお話の中で「有田さんは話しの通じる人でした」とあり、有田さんの年齢不詳なのはここに秘訣があったのかなと思う。亡くなってしまったことは、とても悲しい現実だけど、形はなくても、何かは残っているのだと、お坊さんのお話で、自分の中では整理がついた。

9月17日(月)

プロデュース公演の打ち合わせ。主に台本のお話。内藤が1ヶ月スケジュールを空けて台本執筆に取り組むのは、正直言うと、なかったことです。なんやかんやと仕事がうやむやに入り、結局、ぎりぎりになる。この現状だけでも打破して、じっくり台本に取り組んでもらうことが今回の私の一番の目標なのだ。

9月15日(土)

内藤は、久しぶりにJRAのお仕事。来週の土曜も行くらしい。北海道から送ってきた毛ガニを一人1匹づつ食ったことを知り、内藤は激怒。「おまえ、あれがいくらしたと思ってんだよ」とのこと。そんなに高い蟹だったのか?いや、みなまで言うな。男なんだから。

9月14日(金)

内藤は、1時間遅刻して、ぴあの取材。その後、シャトナーさんと保村さんとで次の万歳新聞の対談。次の万歳新聞の1面は内藤が「俺が書いてもいいけど」と言ったので「じゃあ、内藤さんが書いて」と言ったらすごくイヤそうな顔をして「いいよ、本当はお前がやるべきことなんだけどね」と言われた。申し訳なさそうな顔をしてみた。

9月13日(木)

内藤は、東京のNHKで「料理少年Kタロー」の記者発表。kタローに会えてええなぁ。「元気やった?」って聞いたら「でかくなってたよ。もう主人公は無理だな」と言っていた。あんなかわいい子にそんな発言。料理中年で、次の枠を狙っているとしか思えない。

9月12日(水)

前田は、客演に行っている劇団員の稽古を見に行くのが好きらしい。毎日、どこかの稽古を見に行っているみたいだ。今日は、稽古場荒らしもやめてサムライプロジェクトの撮影。

9月11日(火)

河野が東映京都の仕事で稽古場に来たので、毛ガニを食べることにする。鴨、福重、木村、吉田、坂本、面高、私、そして、居候の堤野さんとで。アメリカのテロ事件があって、堤野さんの奥さんから電話。うちの事務所は、テレビがないので、ラジオで皆大騒ぎをしていた。何が何やらわからないが不安になっていたら、吉田に「奈良ちゃんの住んでいる西田辺は大丈夫やで」と言われた。蟹も食べたし帰ることにする。

9月10日(月)

うちの専属トレーナーの野本さんの所に行く。新しいCDを作られたので預かりに行ったのだ。「四国八十八ヶ所心の旅」といいます。うちのチラシのイラストの長谷川さんがジャケットを描いてます。

9月9日(日)

松苗は「バトラク」の最後の撮影へ。前田は今日からサムライプロジェクト。内藤から毛ガニがきた。どうやって食べるんやろ?

9月8日(土)

事務所の棚を作るため、吉田・松苗・木村・福重・中津とで10時集合。それはそれは素敵な大型な棚ができた。しかし、その素敵な棚に収納するための膨大な荷物を見て、子供の頃から言われた「片づけなさい」という言葉を、皆から浴びせられ、イヤになる。夜は、労をねぎらい、焼き肉を稽古場で。食べては横になり、気がむけば掃除したり、そして、途方にくれる。内藤に「今日は焼き肉なので、北海道からさしいれして下さい。さもないと、頼まれていた釣り道具の宅配はできない」とFAXをしておいたら「明日、海の幸がつくよ」と電話。間が悪い。

9月7日(金)

ラジオドラマの録音で、吉田、重定、野引とMBSへ。収録中、終了予定の14時を越えたときお腹が鳴った。ディレクターの井口さんに「奈良マネージャーのお腹がなりましたので、早く終わる様、ピッチをあげましょう」と言われる。情けない。

9月6日(木)

リリパットアーミーに客演している植本潤くんを近鉄小劇場までお迎えにあがり、飲みに行く。万歳新聞に原稿をいただいたのでその御礼をかねて。「あの原稿な、皆に偽善者って言われんのよ。正直な気持ちやのに」と言っていた。真相はいかに?

9月5日(水)

急に遊びたいムードになり、というか、「今日くらいは」と思い立ち、友達と豆腐料理とカラオケへ。

9月4日(火)

昨日から、松苗と中津は激富の稽古。「激富」というのは「げきだんとんだばやしの略で、しかもげきだんは激しい男と書くんやで」とOMSのチラノさんがずっと前に教えてくれた。ううむ、隠された意味。これを隠語って言うんやろか?

9月3日(月)

河野が東映京都の撮影の合間に稽古場に来ていた。お昼を一緒に食べた。夜はミーティング。「正義の味方」公演の。反省やら教訓やら。内藤から電話。北海道にいて、とてもおいしいものを食べているとアピールされた。

9月2日(日)

今日も、予約だ。わっしょい。わっしょい。しかし、2日めともなると予約は激減。電話番に来ていた野引も退屈していた。

9月1日(土)

先行予約初日。いやぁ、やっぱり、いつもよりかかってきました。ありがとうございました。18時が近づくにつれてそわそわしだし18時ぴったりに帰った私を見て、中津は、私が、サッカーに行ったと思ったらしいが、予想に反して田辺マモルのライブに行きました。うふふ。