6月29日(木)

朝、自宅の洗面所でゴキブリを発見。殺虫剤をしこたままいて、自分が苦しくなる。狙っていたゴキブリはどこかに行ってしまった。チケットの売れ行きが悪いので、内藤にラジオ出演してもらう。MBSの12時からの原田伸郎さんの番組。その後、テレビの日高さんが、ラジオの井口さんと、内藤と、私にホテルの中華料理をご馳走してくれる。たくさんお皿があって、とてもおいしい。日高さんは、内藤とお友達だ。いつも色々お世話をしてくださる。夜、帰ったら、自宅の入り口で生きているゴキブリを踏む。朝のゴキブリかもしれない。

6月28日(水)

怒濤のようにおしよせてくる作業を目先から片付ける。疲れた。夜、制作部ミーティング。チケットの売れ行きが芳しくないので、またもや、苦しむ。

6月27日(火)

中島陸郎さんを語る会。中島さんとは、オレンジルーム(今のHEP)やウィングフィールドのプロデューサーをしていた人で、昨年、亡くなられた。ご本人の意向で亡くなられたときは、お葬式などは行わず、1年後にこうやって会が開かれた。内藤は、お昼からパーティの食事の準備をしている。小堀さん曰く、関西一エンゲル係数が高い劇団として、おつまみを作ることになったのだ。学生劇団から今の万歳や新感線が出てきたのも、中島さんののおかげで、いのうえさんや、辰巳琢郎さん、マキノノゾミさんも来ていた。私は、中島さんと言えば、いつも紳士的に敬語でお話しされるたまにお菓子をくれるおじさんだったので、正直言って、お亡くなりになったときは、内藤ほどのショックはなかった。でも、この会で、太陽族の岩崎さんや、桃園会の深津さんのお話を伺ってお人柄に触れることができ、急に寂しくなった一日でした。そういえば、会場の、芸術創造館に、中島さんは来ていたと思う。そんな気がすると「知っている女・藤原」に言ったら、「ええ、だって、写真の顔の表情が変わりましたもん」と言われる。恐ろしい女だ。

6月26(月)

久しぶりに大阪へ。伊丹空港に到着したら、すごい湿気に襲われる。盛岡や仙台がどれだけ過ごしやすい気候だったかよくわかる。「暑い、暑い」という劇団員の声につい舌打ちしてしまうと、隣で前田晃男も舌打ちしていた。

6月25日(日)

仙台での最終公演をして、私達はバラシ。内藤は討論会に行ったらしい。いつのまにか、行っていつのまにか帰ってきていた。打ち上げは魚民で。私は、一次会で帰るが、他の人は、「あべひげ」に行ったらしい。

6月24日(土)

朝、盛岡の菊池さんから電話。「手帳がおでってホールで見つかりましたよ」の連絡を受ける。みるみる元気になった私は、本番を迎える。お客さんの入りは、ちょっと少ない。残念。夜の部に公演を見に来てくれた盛岡の高野さんが手帳を持って来てくれた。有り難うございます。桐山さんには、「やっと奈良も普通に戻れるね」と言われ、美術のとみこさんにも「きっとこれからいいことあるよ」と言われる。ご心配かけてごめんなさい。公演終わりで、飲み屋の「あべひげ」へ。チケットを売ってくれたり、ご馳走を食べさせてくれたり、ここのオヤジは芝居好きのええおっさんや。

6月23日(金)

仕込み日だというのに、手帳捜索で頭が一杯。捜索も徒労に終わり、銭湯の帰りに、近所のイタメシ屋に鴨鈴女と高本章子とで、飲みに行く。このお店、1時間飲み放題で500円と聞いて、加速して飲み出す。高本章子先輩は、宿舎でよく「スナックあきちゃん」を開く。酒を飲みたくなった人は、この人の周りに集まる。調子にのって飲み過ぎた私は、宿舎に帰っても飲み続け、手帳の捜索をしてから、死んだ様に寝る。

6月22日(木)

仙台公演。仕込み日。中津の調子が悪いので病院に連れて行く。過労らしい。制作助手の大橋かよっぺも咳が止まらない。劇団員や私の疲れもピークに達する。そんな私に猛烈な打撃が!!!手帳がない。どこを探してもない!いつからないのかもわからない!マネージャーとして失格だあ。と嘆き、手帳には、モリシの写真やサインまで入っていいるし、あの人やこんな人の住所も書いているし、プライベートなことまで満載している手帳なので落ち込む。盛岡の実行委員の人達や、ホールの人、岩手県警までの大捜索となるが、見つからない。

6月21日(水)

マイクロバスで仙台へ。盛岡の皆さんともさよなら。仙台では、衝劇祭という演劇祭の招待作品としての公演である。仙台に着くと、オープニングパーティに参加。中津美幸がバスに酔って調子が悪いので、一緒に帰る。宿舎となる「サイマル演劇団」の稽古場の近所には、私の大好きなレストラン「びっくりドンキー」がある。中津を寝かしつけて、一人でハンバーグを食べる。集団生活もそろそろピーク。個人で動くことが多くなる。

6月20日(火)

千秋楽。そういえば、昨日、みちのくプロレスの新崎人生さんが見に来てくれた。体の大きい人やなと思ったが、念仏が書いてなかったので、名乗られるまでわからなかった。原謙二郎と荒谷清水が知り合いらしい。大道具のバラシを深夜までして、そのあと、飲みに行く。酔っぱらった三浦由紀子がなぜかサウナまで自転車に乗って皆を案内している。「一緒に風呂に行こう」と誘うとなぜか怒り出す。変な酔っぱらいだ。

6月19日(月)

朝から、照明の桐山さんの秘書のふりをしながら、自分の仕事をしていたのにもかかわらず、昼ご飯を桐山さんにご馳走してもらう。1200円もする岩手牛のステーキだ。後で、美術のとみこさんに「奈良ちゃんみたいな秘書はいいわね。でも、よく食べるから奈良ちゃんロボットでいいなんて桐山と話してたのよ」と話され、昼のステーキのことかと思う。内藤が急に来て、「お前ラジオに出ろ」という。稽古をするから、ラジオで公演の宣伝をしにいくはずの出演は出来ないと言う。私は、本当に緊張する人間である。私が出てお客さんが来るわけないじゃないか。そんなラジオなんて無理だあああと、一挙に不機嫌になる。そんな私におかまいなしに、やっぱり菊池さんと狩野さんと3人でシティFMに出る。大阪弁をフルに利用してなんとか終了。稽古が終わって、心配していたらしい(本人談)内藤の「どうだったんだよお?」の言葉に私の怒りは爆発して、内藤と言い合いになる。本番終わりの飲み会でも、その話しは噴出し、吉田淳曰く「親子喧嘩」の戦いは続き、菊池さんに「そんなにイヤだったんだ」とあきれられる。そんな飲み会で、私の心を癒してくれたのが、「しんちゃん」。この人は、酒に弱いにも関わらず、鴨鈴女を筆頭とするうちの女優陣の相手をして、便所にまでたどりつけず、店の中でゲロを吐いた。そして、自分の顔についているゲロより先に床のゲロを拭いているような人である。こんな人を見ていると心が洗われ、そして、腹の底から笑いがこみ上げてきた。

6月18日(日)

本番1日目。打ち上げが行われる。この人、実行委員の菊池さん。菊池さんを見ると「盛岡に来たなあ」とつくづく思ってしまう。うちの吉田淳と似ていると言われていますが、「奈良のお兄ちゃんみたい」とも言われますが、なんのなんの私の方がけっこうお姉さんなんですよ。

6月17日(土)

宿泊先は、男性が、「赤い風」女性が、「げそげ」という盛岡の劇団の稽古場をお借りした。この女は、「知っている女、藤原和美」こんな格好だが、霊感が強い。1年目に女性が「赤い風」に泊まったとき「この稽古場は、危険です。」と言い放った女だ。私も藤原ほどではないが、結構感じる方なので、藤原と確認しあったりする。さて、おでってホールには、親子室という部屋があり、お子さま連れのお客様は、この部屋からお芝居を見ることができる。藤原がこの部屋で一人で作業をしていたとき、劇場から照明の桐山さんが藤原の横に誰かいたと言う。この話を聞いて藤原は「やっぱり」と呟いた。その一言で私達は、「でたでた」と大騒ぎ。しかし、私は、この部屋でよくさぼって寝ていましたが、そんな気配全くなく、爆睡してました。

6月16日(金)

盛岡のおでってホールでの仕込み。おでってホールは、おでってプラザという新しい建物の中にある。私達は、ホールやリハーサル室とか会議室とか色々な部屋をお借りしたのだが、広すぎて、小劇場慣れをしている私は、足が棒になる。奈良食堂の今晩のメニューは、実行委員会の駿河さんをチーフに「ひっつみ汁」を作る。ひっつみとは粉を水でといて練るうどんみたいな味のだんごのようなものである。(説明がうまくない)このひっつみを作るのが結構楽しく、たくさん作りすぎて余らせてしまった。ダシは、チーフの味付けで奈良食堂では、味わえないお上品な味となり、とにかく、美味しい。

6月15日(木)

飛行機で仙台空港へまず移動。3人席の真ん中で両サイドが内藤と荒谷清水だった。荒谷に「デブコとデブゾウが並びだと席が狭い」と文句を言われる。私も「ハゲが隣だと反射がきつい」と言い返す。何だか暇で、顔のお肉を取るマッサージをしていたら、内藤に「摩擦熱がこっちにきて暑い」と言われる。ぶうぶう言いながら、仙台に着き、マイクロバスで盛岡へ。盛岡では久しぶりのお顔がたくさん。「関西一の劇団を盛岡で見よう!」実行委員会の皆さんだ。盛岡に来るのも3回目。今年は、場外乱闘トークバトルが行われ、盛岡の劇団の方と討論会が行われた。

6月14日(水)

トラックに後積みをする。明日は、盛岡だ。盛岡のお客さんは見に来てくれるのだろうか。とても、心配。どうぞ、見にきてください。「なつざんしょ・・・」は、痛快冒険活劇です。いつものテーマ性を重視した作品とは、少し趣が違いますが、とても楽しめる、今年の夏を大切にしたくなる作品です。

6月13日(火)

昨日の17時に新門司港を出発して、朝、5:30に南港に到着。その足で、制作部は、事務所に戻る。東京・大阪の案内状作成のためである。船でさんざん酒盛りをした私は、寝不足で「30分寝かして」とか言ってさぼって寝ていると「いいかげんにしてください。結構、奈良さんは、船でも寝てたじゃないですか」と三浦由紀子に叱られた。でも、三浦の寝相の悪さでも寝られなかったんだぞ。

6月11日(日)

福岡公演2日目。思っていたよりたくさんのお客様にご来場いただき有り難うございました。大道具バラシ後、打ち上げとなる。

うちあげは、原謙二郎の実家のさしいれがあった。このむさ苦しい男福重友が持っているのは、「おきうと」である。ところてんみたいな味。鰹節しょうゆで頂く。「おきうとがメインやねんから、ちゃんとカメラにむけてくれ」と言うと、この無愛想な顔。おきうとの引き立て役にもなれやしない。

これも、酒屋の原謙二郎家のさしいれ。いも焼酎伊佐美。お値打ちもんの焼酎で、超うまい。皆さん、ご満悦。酒瓶を持ってるのは、新人の岡ひとみちゃん。今回、初舞台。この後、屋台で出くわしたら、酔っぱらって壊れていた。ちなみに、この伊佐美で、相当酒に飲まれた人がいます。走り回ったり、鞄をなくしたり、怖い酒だ。でも、すげえうまいっす。

こちらのお嬢さんは、新人の野引多絵子さん。新人は、上の岡ひとみとの2人。新人の初めての旅公演は、つらいはず。がんばりたまえ。こちらもがめ煮という筑前炊きのようなものです。野菜不足の私達は、群がりました。その他色々さしいれありがとうございました。西鉄ホールのみなさん、関係者の皆さん、また、お会いできる日を楽しみにしています。打ち上げ後は、前田晃男の案内で1時間半歩いて迷いに迷って屋台に着く。ラーメンも豚バラもおいしかった。ああ、やっぱり私も食べ物が楽しみなのね。
松下安良は、最近もみあげを伸ばしている。演出家の命令らしい。OMS界隈では「松下さんは、苦労をしすぎてもみあげが伸びた」という噂があるらしい。うちの劇団員がOMSの松井さんに「あんまり仕事をしすぎるともみあげが伸びますよ」と助言された。

6/10(土)

福岡公演初日。ロビーには、福岡出身の原謙二郎の親類縁者が勢揃い。原謙二郎は実家から通っているせいか、福岡弁を連発していた。初日が、あけて、劇団員は、もつ鍋屋へや屋台へ直行。福岡の夜を楽しむ。旅館に戻って、大橋かよっぺと酒盛り。大橋が風呂に入っている間に新しく買ったハイロウズのCDを聞きながら、真っ赤な顔していびきをかいて寝ていたらしい。(大橋談)

6月9日(金)

仕込み2日目。昨日の名誉挽回をと奮起してカレーを作るが、河野洋一郎に「このカレーうすい」と言われる。河野は、コーヒーにもうるさい。先日、私がサービスで入れたコーヒーを「泥水」と称した。そんな私の気持ちを察してか、長年、使用していたコーヒーメーカーが壊れた。これで、盛岡公演はインスタントコーヒーを飲むことになる。河野の絶望の顔が目に浮かぶ。ちなみに、河野さんTBS池袋ウエストゲートパークの9回に出演するそうです。

6月8日(木)

朝、6:10に新門司港に到着。その足で、福岡の西鉄ホールへ。大道具の仕込み日である。仕込みの間の私の仕事は、「奈良食堂」。制作助手の大橋かよっぺと劇団員・スタッフ約40名の食事を作る。仕込みの間は、劇団員の楽しみが「食事」しかないので不味いと、劇団員の不満は爆発する。今日のメニューは、「なんちゃってすきやき」。牛肉の代わりに豚肉を使用。調味料をせこったので、あまりおいしくなかった。従業員の大橋かよっぺの疲れもたまり、タバコの本数も増える。

6月7日(水)

今日、船で福岡に行く。朝から集合してトラックに積み込む。明日の朝には新門司港に到着する。どうか、福岡公演にお客さんがたくさん入ってくれますように。そして、福岡で写真を撮ってきて、ホームページを更新させるのだ。

6月6日(月)

明日は、移動日。持っていく荷物の準備やら、事務所の精算やら、大忙し。役者の皆は、昼間、大道具や衣装・小道具の準備をして、夜は、芝居の稽古。南河内万歳一座のTシャツが出来た。チラシのイラストでお馴染みの長谷川さんのイラストが入っている。とても、かわいい。5枚も買ってしまった。

6月4日(日)

最近、よく内藤に怒られる。これまた、言い返せないことなので、だいぶ落ち込む。福岡公演用の案内の住所書きを制作助手の大橋かよっぺがしていたので、手伝っていると、また、言い逃れのない様なことを言う。後ろ向きな気分になってしまう。日曜なのに、繁栄舎印刷の中山さんが来た。東京・大阪公演のチラシのHEP HALLの説明がHEPナビオ8Fになっていたのだ。正しくは、HEP FIVE8Fです。大阪分のチラシを修正することになる。これまた、制作部の中に重い空気が流れる。中山さんは、いつも、こんなときに、対策を練ってくれる。いつもいつも、迷惑かけてすみません。繁栄舎印刷は、早くて安くて親切です。皆さんも、どうぞ、印刷して下さい。でも、迷惑をかけるのはやめましょう。

6月3日(土)

宇梶さんから電話。「(荒谷)清水ちゃんのこと書いたから、公演情報ものせたんでチェックして」とのこと。皆さんでチェックして下さい。宇梶さんのホームペーhttp://www09.u-page.so-net.ne.jp/xg7/tu-69/です。高橋克実さんから電話。「青木さん家の奥さん宜しくね」とのこと。高橋さんも松村雄基さん同様、「手の中の林檎」以来のおつきあいです。久しぶりだから嬉しいと制作助手の大橋かよっぺが言っています。

6月2日(金)

鴨鈴女が三原光尋監督の映画の撮影。現場に行くと、昔、うちの劇団にいた三原組ではお馴染みの西野勝広さんと会う。10年前、この先輩は、こわいけど優しかった。あいかわらずの面倒見のよさに、ほのぼのしてしまう。鴨鈴女は、ものすごい頭になってます。衣装もものすごい。これが本人の希望やっちゅうから、これまたものすごい。

6月1日(木)

「青木さん家の奥さん」三鷹公演のキャストが決定した。今年は、本当に、試行錯誤した。でも、その甲斐あって、超豪華なキャスティングではありませんか。初出演の松村雄基さんは、3年ほど前に「手の中の林檎」にご出演いただいた。昨年も、実は、出演依頼をしていたのだが、実現できなかった。スケジュール調整で苦労してくれたマネージャーの松井龍二君ありがとね。あと、花組芝居の植本潤くん。いつも万歳の芝居をみにきてくれる。「僕はね、南河内アマゾン(知る人ぞ知る鴨鈴女プロデュース)にでたいの。」と会うたび言ってたけど、まずはよろしくね。あと、高田聖子さん。このまえ、一緒に焼き肉行ったときに、「出てもいいよ」と言ってくれた。また、焼き肉いきましょう。また、泊めてね。これからも、出演者の方のこと書いていこうと思いますが、まずは、このへんで。